2024/3/31

<不老不死に挑む>「老化細胞」の除去

 
 
 
 
 
 

人生100年時代といわれます。

 

それでもなお老いを遠ざけたい、

 

長生きしたいという人の願いはなくなりません。

 

人はどれぐらい生きられるのでしょうか。

 

望みをかなえる方法はあるのでしょうか。

 

最前線の研究を連載で紹介します。

 

 

健康寿命を100歳目標に

 
 
人間は生きている限り、
 
老いからは逃れられない-。
 
 
 
そんな常識が、覆るかもしれません。
 
 
老化の鍵を握るのは、
 
年を取るとともに体内にたまる「老化細胞」です。
 
 
 
「慢性炎症」を引き起こして体にさまざまな
 
不具合をもたらす老化細胞を除去し、
 
炎症を抑えて若さを保つ。
 
 
こんな戦略で、老化そのものを防ぎ、
 
健康寿命を延ばそうという研究が、
 
大きな進展を見せています。 
 
(榊原智康)
 老化細胞は、
 
 
 
細胞の中のDNAが傷つくことなどにより、
 
分裂せずに増殖をやめてしまった細胞です。
 
 
高齢者だけでなく、若者や赤ちゃんにも存在します。
 
 
体にとっては不要な細胞なので、
 
異物を排除する免疫の働きで取り除かれていきますが、
 
一部は残り続け、年を取るほどたまっていきます。
 
 
 
炎症を誘発する物質を出すため、
 
老化細胞の周りには、
 
慢性炎症を引き起こす細胞が出てきます。
 
 
慢性炎症は老化の原因と考えられ、
 
動脈硬化や慢性腎臓病など加齢に伴って
 
増える病気を発症させることが分かってきました。
 
 
 

筋力が復活

 
 
 
 
 
マウスの筋力を調べるため、棒につかまっていられる時間を測る実験(中西真教授提供)

 

 

 

マウスの筋力を調べるため、

棒につかまっていられる時間を測る実験

 

 

東京大医科学研究所所長の
 
中西真教授(分子腫瘍学)=写真=らの研究チームは
 
2021年、老化細胞を効率よく除去する方法を見つけ、
 
マウス実験で加齢現象の改善を確認したと、
 
米科学誌サイエンスに発表しました。
 
 
 
老化細胞が生き残るには「GLS1(グルタミナーゼ1)」
 
という酵素が重要な役割を果たしていることを発見。
 
 
この酵素の働きの邪魔をする「GLS1阻害剤」を投与すると、
 
老化細胞が減少しました。
 
 
 
マウスの体力の変化を調べるため、
 
棒につかまっていられる時間を比較。
 
 
 
若いマウスは200秒つかまっていられました。
 
 
老齢マウスは30秒に短くなりましたが、
 
阻害剤を投与すると100秒まで延びました。
 
 
つまり筋力が復活したのです。
 
 
 
 
人に当てはめると、
 
70歳相当だった体の機能が40歳相当に
 
改善したのと同じといえるそうです。
 
 
阻害剤を投与したマウスは、
 
動脈硬化や糖尿病などの症状も
 
緩和されたといいます。
 
 
 
 一方、
 
がんについても慢性炎症が
 
一因になっているとの指摘があり、
 
米国では、
 
がんの治療薬としてGLS1阻害剤を
 
人に投与する臨床試験が進んでいます。
 
 
 
 
中西さんは、
 
この阻害剤を加齢に伴う病気の治療薬としても
 
実用化したいと考えています。
 
 
 
「まずは、慢性腎臓病や肺線維症といった
 
治療法がない病気の進行を食い止める
 
形の薬として生み出したい」
 
 
 

ノーベル賞の薬

 
 
中西さんらのチームは22年、
 
老化細胞の除去に関して二つめの大きな
 
成果を英科学誌ネイチャーに発表しました。
 
 
 
老化細胞は免疫の働きで取り除かれるはずなのに、
 
なぜ一部は残り続けるのかという謎がありました。
 
 
 
チームは、
 
がん細胞が免疫の攻撃から逃れるために
 
細胞の表面に出している
 
「PD-L1」というたんぱく質に着目しました。
 
 
 
 
 
 
 
 
老齢マウスを使った実験で、
 
約10%の老化細胞の表面にPD-L1が
 
できていることを確認。
 
 
 
この老化細胞の割合は年齢を重ねるほど
 
増えていくことが分かりました。
 
 
 
 
PD-L1は、
 
免疫細胞の一つであるT細胞の表面のたんぱく質
 
「PD-1」にくっつき、
 
免疫の攻撃を受けないようにブレーキをかけます。
 
 
京都大の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授は、
 
PD-1を発見し、
 
このブレーキを外す物質(抗PD-1抗体)を
 
 
がん治療薬「オプジーボ」として実用化につなげ、
 
18年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
 
 
 
 
老齢マウスに抗PD-1抗体を投与すると、
 
肝臓や腎臓などで老化細胞が減少し、
 
筋力も回復しました。
 
 
 
中西さんによると、
 
 
オプジーボをより早期のがん患者に投与した際の
 
効果を調べる臨床試験が計画されており、
 
 
臓器の機能の改善具合も
 
一緒に調べることを検討しているといいます。
 
 
 
 
 
老齢マウス(左)に比べ、老化細胞を除去したマウスは若々しく見える。中西真教授は「見た目の違いについては解析をしていないため、有意な差があるかどうかは分からない」としている(中西教授提供)

 

 

 

老齢マウス(左)に比べ、

老化細胞を除去したマウスは若々しく見える。

 

 

中西真教授は

「見た目の違いについては解析をしていないため、

有意な差があるかどうかは分からない」

としている

 

 

 

究極の予防医学

 
 
 
現在、
 
人間の寿命について生物学的には120歳ぐらいが
 
限界との説が有力になっています。
 
 
 
 
 「生活習慣の変化などにより、
 
平均寿命は延び、老化の速度は随分遅くなった。
 
 
70年前の60歳と、
 
今の60歳の老化度はかなり違う。
 
 
一方、長寿の記録は昔から今まで変わっていない。
 
 
最大寿命は
 
生活習慣によらない別のもので決まっているのでは」。
 
 
中西さんは、
 
老化細胞の除去技術が実用化されても、
 
その限界は超えられないとみます。
 
 
 
 老化細胞の除去技術で目指すのは、
 
介護を受けずに日常生活を送れる期間を示す
 
健康寿命の延伸だといいます。
 
 
中西さんは、老化は病気ではなく、
 
「未病」(まだ発病はしてはいないが、
 
健康な状態から遠のきつつある状態)だと指摘。
 
 
「老化への介入は『究極の予防医学』といえる。
 
 
この技術を実用化し、
 
40年までに健康寿命を
 
100歳まで延ばしたい」と話します。
 
 
 
 

<GLS1> 

アミノ酸の一種であるグルタミンを

グルタミン酸に変える酵素。

 

 

反応の過程で、

アルカリ性のアンモニアをたくさんつくり出す

特徴があります。

 

老化細胞では、

細胞小器官の「リソソーム」の膜に傷がつき、

内部の酸性物質がしみ出してきます。

 

細胞全体が酸性になると、

細胞は死んでしまうはずですが、

老化細胞はGLS1を活性化し、

アンモニアを使って細胞内を中和します。

 

GLS1の働きを邪魔する物質を投与すると、

老化細胞内が酸性のままとなり、

生き延びることができなくなります。

 


 
<オプジーボ> 

免疫の力を利用したがん治療薬。

国内では、

本庶佑氏と共同で関連特許を取得した

小野薬品工業が2014年に発売し、

皮膚や肺などのがん治療に使われています。

 

このタイプの薬は「免疫チェックポイント阻害薬」

と呼ばれ、

近年相次いで実用化されています。