老いは幹細胞からやってくる
私たちの血液
赤血球も白血球も免疫細胞も
全部ひっくるめて、
もとをたどると骨髄の奥に住んでいる
造血幹細胞(HSC)という1種類の
細胞から作られています。
この細胞、
2つのスゴ技を持っています。
1つ目は「自分のコピーを作れる」こと(自己複製能)。
幹細胞が減らないよう、
自分自身を増やし続けるわけです。
2つ目は「あらゆる血液細胞に変身できる」こと(多分化能)。
赤血球にも、T細胞にも、B細胞にも、
血液に関わるあらゆる細胞になれます。
ところが人間が歳を取ると、
この造血幹細胞のパフォーマンスが
ガクッと落ちてきます。
具体的に何が起きるかというと、
免疫の主力部隊であるリンパ球(T細胞やB細胞)を
作る能力が落ちて、
代わりに炎症を起こしやすい骨髄球系の
細胞ばっかり作るようになるんです。
たとえるなら、
腕利きの料理人が年を取って
「和食も洋食もイタリアンも作れたのに、
いつのまにかカレーしか作れなくなった」
みたいな状態です。
レパートリーが偏って、
免疫というレストランのメニューがスカスカになってしまう。
これが高齢者の免疫力低下や
感染症リスク増加の大きな
原因だと考えられてきました。
造血幹細胞の老化は、
血液や免疫の老化に直結しています。
でも不思議なことに、
なぜ幹細胞がそう変わってしまうのか、
その根っこの仕組みはよくわかっていませんでした。
炎症、DNA損傷の蓄積、細胞分裂によるストレス……
原因の候補はたくさん挙がっていたものの、
それらをまとめて説明できる「黒幕」が
見つかっていなかったのです。
「処刑人」が仕事をしていなかった
ここで登場するのが、冒頭のMLKLです。
MLKLの本職はネクロプトーシスという
細胞死の実行です。
ネクロプトーシスは、ウイルスに感染するなどして
「もうダメだ」となった細胞が最後の
手段として発動する”自爆モード”のこと。
MLKLが活性化すると細胞膜に穴が開いて、
中身がドバッと漏れ出します。
周囲に「ここヤバいよ!」と炎症シグナルを
バラまきながら派手に散る
それがMLKLの知られてきた仕事です。
研究チームは当初、
このMLKLが造血幹細胞を殺すことで数を減らし、
結果的に血液の質が落ちるのでは?
と予想していました。
ところが実験結果は、
その予想を裏切ります。
まず、炎症刺激を与えたマウスの幹細胞で
MLKLの活性化を調べてみると、
たしかにMLKLはちゃんと活性化していました。
「処刑人」は起動しているんです。
でも次に、
MLKLを持つマウスと持たないマウスで
幹細胞の「死亡率」を比べたところ
ほぼ同じでした。
つまりMLKLは起動しているのに、
誰も殺していなかったのです。
「え? じゃあコイツ、活性化して何してるの?」
ここから研究は大きく動き始めました。
ミトコンドリアに
「寄生」して電力を奪っていた

答えは、
細胞の中のエネルギー工場
ミトコンドリアにありました。
研究チームは、
MLKLが活性化すると光の信号が変わる
特殊なセンサー(SMART-Tgマウス)を使って、
造血幹細胞でMLKLが活性化
していることを確認しました。
普通なら、
活性化したMLKLは細胞膜に向かって移動し、
そこに穴を開けて細胞を壊します。
それが本来の仕事ですから。
ところが免疫電子顕微鏡で
その居場所を調べてみると、
造血幹細胞では、
活性化したMLKLは細胞膜で
細胞を壊す代わりに、
ミトコンドリアに蓄積していたのです。
しかも、
ただ移動するだけではありません。
電子顕微鏡で老化したマウス
(18カ月齢=人間の55〜60歳くらい)の
幹細胞の中を覗くと、
ミトコンドリアに活性化MLKLがべったりと
張り付いている様子が確認されました。
そしてそのMLKL付きのミトコンドリアは、
健康なものと比べてボロボロでした。
正常なミトコンドリアは丸くて小さく、
内部の折りたたみ構造(クリステ)が
きれいに並んでいます。
ところがMLKLが取り憑いたミトコンドリアは、
細長く膨れ上がり、
クリステがグチャグチャに崩壊していたのです。
見た目だけでなく、機能もやられていました。
具体的に測定してみると、
まず膜電位が低下
ミトコンドリアの「充電レベル」が
ダダ下がりでした。
また細胞の「エネルギー通貨」として知られる
ATP産生も減少してきました。
さらに解糖活性も低下し予備の
エネルギー回路まで弱っていました。
つまりMLKLは、
幹細胞を殺す代わりにミトコンドリアという
”発電所”に寄生して、
電力だけをじわじわ奪っていたわけです。
電池切れのスマホを思い浮かべてください。
電源は入る。
でもアプリはカクカク、カメラは起動しない、
通知も来ない
「生きてはいるけど使えない」状態です。
造血幹細胞もまさにこれと同じ。
MLKLにエネルギーを奪われた結果、
自己複製やリンパ球の生産といった
「重いタスク」を処理できなくなり、
生きたまま衰えていく。
これが幹細胞老化を進める大きな
仕組みとして見えてきたのです。
死のタンパク質は血の
幹細胞を老化させていた
東京大学医科学研究所
MLKLを「オフ」にすると老化の
進行が遅くなった
次なる疑問は当然、
「じゃあMLKLを止めたらどうなるの?」でしょう。
研究チームは、
18カ月齢まで飼育し、通常のマウスと比べました。
結果はかなり劇的でした。
まず、通常の老化マウスではリンパ球の
産生がガクンと落ちるのですが、
MLKLなしマウスではこの低下が
有意に食い止められていました。
カレーしか作れなくなるはずのシェフが、
まだイタリアンも作れている状態です。
さらに、老化の指標として知られる
DNA損傷マーカー(γH2AX)の蓄積も、
MLKLなしの幹細胞では大幅に
少なくなっていました。
決定的だったのは移植実験です。
加齢したマウスから幹細胞を取り出して、
血液系を空っぽにした別のマウスに移植し、
「ちゃんと血液を作り直せるか?」をテストしました。
すると、
通常の老化幹細胞は再生能力もリンパ球を
作る力もガタ落ちだったのに、
MLKLなしの老化幹細胞は、
通常の老化幹細胞よりはるかに高い
再生能力を発揮したのです。
MLKLという妨害工作員を排除するだけで、
幹細胞は老化のダメージからかなりの
程度守られたわけです。
あらゆるストレスの「合流地点」だった
この研究がさらにスゴいのは、
異なるタイプのストレスが最終的にぜんぶ
MLKLの活性化に集約されることを示した点です。
研究チームは細胞にとってストレスになりそうな、
炎症を起こしたり、抗がん剤を投与したり、
移植実験やがん化ストレス、
さらには自然な加齢などさまざまな条件で調べてみました。
すると驚くべきことに、調べたどの
ストレスでも造血幹細胞でMLKLが選択的に活性化し、
多くのケースでMLKLの欠損によって
幹細胞の機能低下が抑えられたのです。
しかも興味深いことに、
MLKLの活性化は幹細胞とごく初期の
前駆細胞だけで起きており、
もっと分化の進んだ骨髄球前駆細胞や
リンパ球前駆細胞ではほとんど起きていませんでした。
なぜ幹細胞だけが狙い撃ちにされるのか?
研究チームはこう考えています
造血幹細胞はもともと「簡単には死なないように」
設計されており、
強いアポトーシス抵抗性を持っています。
だからMLKLが活性化しても、
普通の細胞のように「壊れて死ぬ」ことにはならない。
しかしその代わりに、
死にきれなかったMLKLが
ミトコンドリアに向かってしまうのです。
いわば「死なないからこそ、
ゆっくり老いる」という皮肉な構図が
生まれていたわけです。
遺伝子のせいじゃなかった
「電池切れ」だった
もう1つ、
この研究で意外だった発見があります。
MLKLによる老化は遺伝子レベルの
変化をほとんど伴っていなかったのです。
研究チームはRNA-seq
(遺伝子発現を網羅的に調べる解析)と
ATAC-seq(遺伝子のスイッチの開閉状態を調べる解析)を行い、
老化した通常マウスの幹細胞と
MLKL欠損マウスの幹細胞を比較しました。
結果は──ほぼ差なし。
つまりMLKLは、
遺伝子の読み取り方やDNAの構造を
変えることで老化を引き起こしているのではなく、
もっと「物理的」に、
ミトコンドリアの膜を直接壊して
充電を落とすというかなり乱暴な方法で
老化を推進していたのです。
研究チームは試験管内でも検証しています。
単離したミトコンドリアに、
MLKLの活性化部分(N末端ドメイン)を
直接ふりかけたところ、ミトコンドリアの
膜電位がガクッと低下しました。
逆にMLKLの別の部分(C末端ドメイン)では
この効果は出ませんでした。
MLKLは、ミトコンドリアの膜に穴を開けたり、
膜の構造を乱したりして充電を漏らしていたわけです。
これまで老化研究の多くは「DNAの損傷」や
「テロメアの短縮」「エピジェネティクスの変化」
つまり遺伝情報の劣化に焦点を当ててきました。
しかし今回の研究は、
そういった「設計図の問題」ではなく、
「電池の故障」が老化の根本原因の
1つだと示したことになります。
設計図は無事なのに
工場の電気が止まっている
だから何も作れない。
これが、
老化した幹細胞のリアルな姿だったのです。
老化は「修理できるかもしれない」時代へ
老化は「修理できるかもしれない」時代へ
研究を主導した山下真幸博士
(セントジュード小児研究病院)は、
将来の展望についてこう語っています。
「造血幹細胞の機能を維持する治療法の開発につながり、
化学療法や造血幹細胞移植を受ける
患者さんの回復の改善に貢献できる可能性があります。
ミトコンドリアを保護する薬や、
ネクロプトーシス経路を調節する新たな種類の
薬剤の開発につながるかもしれません」
すでにMLKLの上流で働くRIPK3という
酵素の阻害剤(UH15-38)がマウス実験で
改善の傾向を示しており、
この経路を標的にした薬の開発は
絵に描いた餅ではなさそうです。
ただし注意点もあります。
MLKLには本来の仕事
ウイルス感染した細胞を破壊する
という大事な役割があります。
そのため単純に「MLKLを止めれば
若返る!」とはいきません。
実際、自然界にはMLKLの
機能を失った動物がいます。
ハダカデバネズミです。
この動物は進化の過程でRIPK3とMLKLの両方の
遺伝子に機能を失わせる変異が入り、
ネクロプトーシスという仕組みを事実上失った珍しい種です。
がんにも加齢にも驚異的な耐性を持つことで有名ですが、
一方でヘルペスウイルスなどの
ウイルス感染には極端に弱いことが知られています。
つまりMLKLを完全にオフにすると、
老化には強くなるけど感染症に弱くなる、
というトレードオフがある可能性があるわけです。
それでもこの研究が画期的なのは、
老化を「避けられない遺伝子の運命」ではなく
「修理可能な電池の故障」として捉え直す
視点を私たちに与えてくれたことでしょう。
少なくともマウスでは、
MLKLが幹細胞のミトコンドリアを
こっそり壊していました。
あなたの骨髄の奥でも、
同じことが起きているかもしれません。
「老い」は宿命ではなく、
メカニズムだった。犯人が特定された以上、
対処法が見つかる日も遠くないかもしれません。
そんな時代が、
少しずつ近づいています。
<参考 : >





