「感動シャンプー」ある美容師
このお話はある美容師が体験した実話です。
美容サロン感動エッセイコンテスト
グランプリー作品
おばあちゃんの”おまじない”
それまで知らなかった
自分の仕事で人の命を永らえる事が
できるなんて、
今から10年前、
私の父は生きて退院する人が少ない
病床にいた。
病名は”ガン”
そのフロアには、他の病棟ではもう見られない
程の末期の患者さんがたくさんいた。
男性・女性とも同じフロアで、
ただ先生の言葉に従い希望の無い明日に
おびえて生きていた。
今まで病気1つした事のない父は、
その中で異質なほど明るかった。
自然と言葉を交わす人たちが増え
見舞いに行く私にも気さくに話しかけて
くれるようになった。
ある日父が言った。
「頭がかゆい」
そのフロアの中央にナースセンターと並んで
サロンにある様なサイドシャンプー用の
シャンプー台があった。
そのフロアの”住人”達は皆、
首から上の大手術をした患者ばかり、
私の父も線路のような長く大きい生々しい
傷があった。
”他に出来ることないからなぁ・・・”
先生に尋ねてみることにした。
予想に反して「OK」がでた・・・。
出てしまった・・・。
実を言うと傷にシャンプーをつけるのが・・・
傷を触るのが・・・
ちょっと恐ろしかった。
腹をくくった。
いつも通りに仕事をしていると思えばいい。
ただ痛いといけないから水圧も洗い方も弱めに。
指が傷に触れた、
ちょっと動揺した、
「心配するなー、気持ちいいぞー」
父が言った。
アシスタントの時ですら,かかなかった汗を、
Tシャツがビショビショになる程かいていた。
ふと気が付くと、
娘にいつもお菓子をくれるおばさんが
立っていた。
「やだー。あんた美容師さんだったのー！！」
こんなところにいなきゃ病人だとは絶対に
思えない。
そのおばさんが大きな声で笑って言った。
次の週。
見舞いに行くとシャンプーの予約が６件も
入っていた。
女の人ばかりだった。
彼女たちは手術のために頭を半分、
丸坊主にされているという何とも言えない
スタイルだったがやはり女性。
「きれいにしていたい」と言った。
シャンプーをしている間、
彼女たちは実によくしゃべった。
色んな事を話してくれた。
あっけれかんと笑いながら、
自分の残された時間までも。
週が重なるごとに週１回では間に合わない位、
シャンプーの予約が入り、私は売れっ子の様だった。
それから１ヶ月。
大きな声のそのおばちやんは死んだ。
前日仕事場に父から電話があり、
”おばちゃんがどうしても頭やってくれって
きかないと言われ、
仕方なく道具をもって病院へ行った。
確かに図々しいおばちゃんだが、
無理難題を言う人じゃあなかった。
不思議に思いながらいつも通りシャンプーをした。
傷にはもう慣れていた。
だから手が雑だったんだろう。
おばちゃんは私に何度も洗い直しをさせた。
”おいおい私はもうシャンプーギャル
じゃないんだからさぁ・・・
”心の中で思っていた”
すると、おばちゃんが言った。
「シャンプーしてもらっているとさぁ・・・
やってくれている人の心の中の声って
聞こえちゃうんだよねー。
今、勘弁してよって思ってんでしょうー。
聞こえちゃったもんねー。
まあさ、私にとっちゃこれが最後の美容院
なんだから、あきらめて頑張って洗いな、ガッハッハ」
息が詰まった、
同時に正直”このやろう！
やってやろうじゃん！
とも思った。
余計なことは一切考えなかった。
初めてその人のためにだけに無心でシャンプーした。
シャンプーが上がったおばちゃんはこう言った。
「私さぁ、本当ならもうとっくに寿命きれてんのよねー。」
先生に言われたわぁー。
「岡田さんの娘さんに頭やってもらってたから、
寿命伸びたじゃないの」ってね、
本当に感謝してるわぁー。ガッハハ」
何も言えなかった。
自分がした事が良いことだなんて、
わからなかった。
ただおばちゃんのおかげで、今まで自分は何と
雑に仕事してきたのだろうっと、ガクゼンとした。
洗いすぎて指先がフヨフヨになっていた。
おばちゃんはその手を見て、
「まだまだきれいな手。そんな手、
職人の手じゃーないよー。
もっと荒れてごわごわになって、
そうしたら一人前だー。
見たかったけど残念だー。でも、あんたは強い。
一生懸命、生きなさいよ。
人間、３分後に死んじゃうかもしれない。
心残りないように、仕事も家庭も手を抜くんじゃないよ。
約束だからね。
破ったら化けて出るからね。ガッハハ」
次の日の朝、おばちゃんはは口紅をつけて
死んでいった。
息子さんに「ありがとうございます。
あなたのおかげで母は少しだけ欲張って
生きました」と言われました。
父が死にそうになっても泣かなかった私だが、
病院中に響き渡る程大声で泣いた。
今、自分の手を見る。
今年で４０才。
美容師初めて２１年。
まだまだキレイな手。
もっと荒れてゴワゴワにならないと。
心の声を聞かれても困らないよう、
「どうぞまた、この人と会えますように」と
願いながら仕事をしている自分がいる。
そんな自分が好きだ。
私は強い。
おばちゃんがかけてくれたおまじない。
やっと手が荒れてゴワゴワになったら一人前。
見てて、おばちゃん。
私はもっと頑張れる。
