2025/10/5

"安静にする"が逆効果に… 痛み研究の専門家 「関節の痛みが "なかなか治らない" 医学的な理由」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

"安静にする"が逆効果に…

痛み研究の専門家

「関節の痛みが

"なかなか治らない"

医学的な理由」

 
 

「10日で筋力低下」し

「神経の異常」を招くことも

 
 
 
 
身体に痛みが出たら安静にするべきなのか。
 
愛知医科大学医学部教授の牛田享宏さんは
 
「安静は痛みの初期対応としては有効だが、
 
長期間続けると筋力が落ち、
 
痛みを感じる神経が敏感になってしまう。
 
 
痛みを長引かせる最大の要因は
 
『怖い』『不安』という気持ちで、
 
まずはこの感情を取り除くことが大切だ」という。
 
 

 

「ケガをしたら安静に」の弊害

 

体を動かすための器官である運動器

(頸くび・肩・腰・膝など)に引き起こされる

痛みは動かした時に悪化することが多いものです。

 

その際、ぎっくり腰や膝関節症、

あるいは骨折や打撲といった外傷の場合、

動かさなければ痛くないことから、

 

安静にするという行為は病気やケガの

初期対応としては有効な治療手段となります。

 

 

背中を痛めた高齢男性
 
 
 

実際、骨折にしても捻挫にしてもギプスなどで

局所を動かないようにすることで

速やかに痛みが改善するものですし、

 

それにより骨の癒合ゆごうや

組織の治癒が早まるのは多くの方が知るところです。

 

 

しかし、

本来動くべき部分を長期間動かさずに

いることが続くと、

 

大きな弊害が出てきて、

結果として痛みを悪化させることに

つながるケースも非常に多いのです。

 

これにはいくつかのメカニズムがあり、

それぞれが絡み合ってさらなる

悪化につながるので、

知っておくことは大変重要です。

 
 

10日で筋力が落ち始める

 

関節や筋組織を動かさないでいると、

次のようなことが起こります。

 

(1)組織は固まって動きにくくなり、
動かすと痛くなる
 

動かさないでいると、

筋肉は1日あたり0.5~1パーセントほど

その体積が減少し、

筋力も低下すると言われています。

 

これには、一つひとつの筋組織の

周囲の膜が厚くなって動きにくくなったり、

 

関節軟骨のダメージや関節そのものの

滑膜の癒着など(※1※2)が原因で

運動能力が低下したりすることも関係しています。

 

 

こうした変化は動かさなくなってから

おおむね10日後くらいから見られる反応です。

 

逆にいったん固まった病態を改善するためには、

これらの組織を動かすことが必要となります。

 

具体的にはストレッチングを行なったり、

あるいは麻酔を施した上で関節を動かしたり

(関節授動術)といったことが

医療の現場では行なわれます。

 

 

とはいえ無理やり動かすと組織への

外傷の原因ともなるため、

痛みがかえって悪化することもあります。

 

 

また、これは直接痛みとは関係ないことですが、

動かさないでいると筋組織は、

 

タイプ1線維(赤筋)という持久力に優れたタイプが減少し、

タイプ2線維(白筋)という持久力に乏しい

タイプ主体に置き換わることが知られています(※3)。

 

 

従って、我々の体に痛みが生じた際には、

動かせるタイミングになったところで

すばやく関節や筋肉の柔軟性を養い、

 

筋力維持・アップのための

リハビリテーションを行なうことが必要です。

 

 

 

動かさない部位が異常信号を発信

 
(2)関節からは異常な神経信号が出て、
脊髄や脳の神経の性質を変容させる
 
 

ウサギの膝関節を数週間固定する

実験が行なわれたことがあります。

 

すると、関節が動きにくくなる、

いわゆる拘縮こうしゅくを引き起こしますが、

変化はそれだけではありませんでした。

 

 

膝の感覚を脳に伝えるための神経に

流れる信号を記録すると、

 

関節に炎症物質を投与した時と

似たような神経信号が、

動かしていない関節から出ている

ことがわかってきたのです(※4)。

 

 

また、別の実験では関節からの信号を

受け取る脊髄の神経細胞にも

変化が見られました。

 

常時異常な信号が入ってくる影響からか、

通常とは異なる応答パターンを示すようになり、

 

末梢からの信号に対して過敏性が高い状況が生じ、

たとえば少し腕に刺激を与えただけでも、

それに対する逃避行動を

示すようになってしまいました(※5)。

 

 

さらに、

脊髄からの入力を受け取る脳に注目すると、

動かさない腕に呼応する脳の感覚野(※6)、

 

腕を動かす仕事を司つかさどる

運動野の領域が小さくなっていることが

わかったのです。

 
 

他の部位の痛みも引き起こす

 

動物実験だけでなく人を対象とした研究においても、

健常者の腕をギプス固定するなどして

使用できない状況を4週間ほどつくると、

 

皮膚の感覚などが健常状態と

異なってくることがいくつかの

研究で示されています(※7)。

 

 

これらの研究が示唆するのは、

我々の筋や関節は動かすことで

機能を維持しているものであり、

 

動かさないと組織も改変されていき、

その際には関節の支配をしている

神経までもが変調し、

 

異常なシグナルが出るように

なってしまう、ということです。

 

 

さらには神経の上位にあたる

脊髄や脳の改変を引き起こしてしまい、

 

これらが総合的に働いて、

痛くて動きにくくなった腕が治りにくい

要因になっていると考えられるのです。

 

 

関節を動かさないだけで異常な神経信号がでるようになる
 
 
 
間接の固定により脊髄に起こる変化
(3)別の部位への力学的負荷による痛みの広がり
 
 

痛みがあると、

必ず痛いところをかばうような動作が出現します。

 

無意識に行なうこうした動作が

新たな別の痛みの要因になることも

しばしば起こります。

 

たとえば右の手首の痛みをかばっていたら

肩まで痛くなったとか、

今度は反対の肘ひじが痛くなった、

といった具合です。

 

 

基本的には最初に痛みが生じた部位への

速やかな治療アプローチが重要となりますが、

 

同時に他の部位で過度にかばったような

姿勢や行動をしすぎないような

生活・リハビリテーションスタイルの

指導なども必要です。

 

 

医療者にとってはこうしたことも予想し

予防的に取り組むべき課題となってきます。

 

 

 

ギプスの下で骨が薄く脆くなっていた

 
 

前節の内容を受けて、

ここでギプス固定に伴って起こる体の

変化についても記しておきたいと思います。

 

 

軽いケガの患部をギプス固定した

際などに起こる、

 

複合性局所疼痛症候群(以下CRPS)

というものがあります。

 

代表的なのはこんな症状です。

 

 

転んで手首を骨折したためギプスで固定した。
 
その後、
 
無事骨はくっついた(癒合した)ものの、
 
いざギプスを外して手を使おうとすると、
 
何かにちょっと触るだけでも痛い。
 
 
 
やがて手首から先が腫れてしまい、
 
リハビリで動かすように言われるも
 
ののそれどころではない。
 
 
 
 
暑くもないのに汗が出たりもする。
 
患部を検査してみると、
 
いつしか骨が薄くなり脆もろくなってしまっていた……。
 
 
 

もちろん、

ほとんどの患者さんのケースでは、

同じようなケガをしてギプス固定した後、

 

 

順調に快方に向かいます。

 

なぜ一部の患者さんではそうならないのか?

 これは痛みの研究に取り組み始めた

頃の僕の大きな疑問でした。

 

 

そこで、

テキサス大学のウィリアム・ウィリス教授の

もとで挑んだ研究は、

 

手首を骨折したラットにギプスを巻き、

CRPSの患者さんと同じように痛がる

状態を再現できるのか、というものでした。

 

 
 
「ケガをしていないのに痛い」驚きの実験
 
 

実験に挑んだ僕は、

骨折+ギプス固定をしたグループと、

骨折をさせずにギプス固定をした

グループという二種類のモデル動物を用意しました。

 

そして、

これらの動物が痛がっているかを調べるために、

行動を観察し、

(痛いであろう)腕を突っつきその反応を

見る電気生理学的検査を行ないました。

 

 

そうしたところまずわかったのが、

一カ月も使わない状況を作ると、

骨折の有無にかかわらず、

 

①ギプスをしていた腕は全く使わなくなること、

②その腕を突っつくと嫌がって

腕を引っ込める行動をすること、

 

③脊髄の神経の活動パターンが

健常なラットとはかなり変わってしまうこと、でした。

 

 

つまり僕たちは、

ケガをする→炎症が起きるなどして痛みが強まる→

痛いから動かさなくなる――

と考えていましたが、

 

そもそもケガの有無とは関係なく、

腕を使わない/動かさない→痛くなる、

というメカニズムがどうやら

ありそうだということがわかってきたのです。

 

 

 

腕にギプスをした少年
 
 
 
 

ここで、CRPSも含めいろいろな

患者さんのことを思い起こしてみると、

 

ケガや病気に対する不安が強く、

過度に安静にする傾向のある人のほうが、

概して痛みを強く訴えているケースが

多かったように思います。

 

 

体は「動かし方」を忘れてしまう

 
 
牛田享宏『「痛み」とは何か』(ハヤカワ新書)
 
 
 
 
 

思い返してみると、

たとえば小学校の夏休みで全く鉛筆などを

使うことなく過ごしたあと、

 

新学期の直前になって鉛筆で文字を書こうとすると、

 

妙にぎこちなくなった覚えがあります。

 

子供の頃に感じたあの感覚の、

よりひどい状況と言えるかもしれません。

 

 

コンピュータは、

機械的な部分のハードウエアと、

プログラムなどのソフトウエアとで

成り立っていることはご存じのとおりですが、

 

悪質なコンピュータウイルスが入ると

ハードウエアの部分までが

壊されてしまうことがあります。

 

 

「怖い」が痛みを長引かせる

 

 

それと同じように、

CRPSももともとは些細なケガですが、

「痛い⇔動かさない」がもとで血流が変わり、

 

組織も変容し、

骨や関節なども変化してくる、

と考えると理解しやすいと思います。

 

 

 

痛いから動かさないという患者さんの

反応のおおもとにあるのは「不安」です。

 

怖かったり不安があったりすることで

動かさなくなると、

 

手が冷たくなるなどの血流不全にも

つながってしまいます。

 

怖さや不安に伴う交感神経系の

反応がそれにさらに拍車をかけます。

 

 

こうしたことを踏まえると、

僕たち医療者が、患者さんへの初期対応として、

 

ただ痛みの要因を取り除くだけでなく、

怖い気持ちや不安を取り除いていくことが

いかに大切か痛感させられます。

 

まずは不安を除くこと、

それが痛み治療の第一歩なのです。