2026/10/4

私たちが「脳」と 呼んでいるものは、 2つの異なる器官の 組み合わせだった 前後が別々の『種』から育つ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

私たちが「脳」と

呼んでいるものは、

2つの異なる器官の

組み合わせだった

前後が別々の『種』から育つ

 
 
 

 

アメリカのスタンフォード大学(Stanford)

などで行われた研究によって、

 

ひとつながりに見える私たちの脳が、

じつは前側と後ろ側で別々の

「種」となる細胞から育っていることが

明らかになりました。

 

 

言葉や思考を司る前側と、

呼吸や心拍など命を保つ仕事を担う後ろ側は、

脳の元ができた段階から別々の道を歩む、

いわば2つの器官だったのです。

 

 

しかしなぜわざわざ、

脳はこのような組み合わせで作られるのでしょうか?

 

 
 

脳は単一の起源を持つ臓器なのか?

 
脳は単一の起源を持つ臓器なのか?
 
脳は単一の起源を持つ臓器なのか? 

 

人体図鑑に描かれる脳は、

しわの寄ったひとかたまりの臓器です。

 

 

けれどもその中身は、

役割の違う部分がひと続きにつながってできています。

 

 

脳の前側(前脳と中脳)には、

言葉や意識、物事を抽象的に

考える働きを担う領域があります。

 

 

一方、

頭蓋骨の後ろの付け根にある後ろ側(後脳)は、

脳幹と呼ばれる部分の大半を占め、

 

呼吸や睡眠、心臓の拍動や空腹感の調節など、

私たちを生かしておくための

「自動運転」を受け持っています。

 

 

この3つの部分は、

頭の中で切れ目なくつながっています。

 

そのため科学者たちは長い間、

脳全体は1種類の万能な

「脳の種(もとになる細胞)」から

育つと考えてきました。

 

 

1952年には、

オランダの発生学者ニューコープが、

脳の種は前脳にも中脳にも後脳にもなれる

幅広い力を持つと提唱しています。

 

 

万能な種が胎児の体の前後に広がり、

置かれた場所ごとに「ここは前脳に」

「ここは後脳に」という指示を受けて作り

分けられていく、

というイメージです。

 

 

実際、

胎児の中で場所的に前寄りにある細胞が前脳に、

後ろ寄りにある細胞が後脳になることは、

以前から知られていました。

 

 

しかしそれが「置かれた場所の指示に

従っただけ」なのか、

 

「種そのものが最初から別物」なのかは、

胎児を外から観察するだけでは

区別できませんでした。

 

 

そこで研究チームは、

脳の種がいつ、どのように分かれるのかを、

胎児の発生のいちばん早い段階まで

さかのぼって調べることにしました。

 

 

脳は2つの異なる器官を

組合わせた「複合器官」だった

 
 
 
脳は2つの異なる器官を組合わせた「複合器官」だった
 
脳は2つの異なる器官を組合わせた
「複合器官」だった 

 

研究チームはまず、

マウスの胎児を調べました。

 

注目したのは受精からおよそ1週間後の

「原腸形成」と呼ばれる非常に早い時期です。

 

 

すると、

この時期において将来の脳になる細胞の中に、

はっきり異なる2つのグループが

あることがわかりました。

 

 

1つ目のグループは前脳と中脳の種

(前方神経外胚葉)で、

目印となる遺伝子(Otx2)を働かせています。

 

 

2つ目のグループは後脳の種

(後方神経外胚葉)で、

別の目印の遺伝子(Gbx2)を働かせていました。

 

 

次に研究チームは、

後ろ側の種の細胞に光る目印をつけ、

その子孫がどこへ向かうのかを追いかけました。

 

 

すると目印のついた細胞は、

生まれる直前になっても後脳にしか現れず、

前脳や中脳には入り込んでいませんでした。

 

 

ただし、

これだけでは種そのものが別物なのか、

置かれた場所に従っただけなのかは、

まだわかりません。

 

 

そこで研究チームは、

ヒト多能性幹細胞から前側の種と

後ろ側の種をそれぞれ作りました。

 

 

そのうえで、

わざと本来とは逆の指示を与える

「命令違反テスト」を行いました。

 

 

もし脳の種がこの段階でもまだ

前にも後ろにもなれる万能な種なら、

 

後ろ側の種でも、

「前脳になれ」という指示を与えれば

素直に前脳の細胞になるはずです。

 

 

しかし前と後ろの種がすでに行き先の

決まった別物なら、

同じ指示を与えても後ろ側の種は前脳にはならず、

後脳への道を進み続けるはずです。

 

 

結果、明確な区別が見えてきました。

 

前側の種に前脳になる信号を与えると、

約95%が前脳の細胞の目印

(LHX2というタンパク質)を出し、

 

前脳の細胞へと向かいました。

 

ところが後ろ側の種に同じ信号を与えても、

目印を出したのはわずか0.5%、

200個に1個だけでした。

 

 

中脳になる信号でも前側の種では

中脳の目印(EN1)を出したのに対し、

後ろ側の種では1%に届きませんでした。

 

 

逆に、

前側の種に後脳になる信号を与えても、

後脳の目印(MAFB)を出したのは1.6%だけでした。

 

 

この結果は、

前側(前脳と中脳)に後ろ側(後脳)に

なれという命令も、

後ろ側(後脳)に前側(前脳と中脳)に

なれという命令も、

どちらもほとんど効かなかったことになります。

 

 

2種類の種を混ぜて一緒に育てても、

それぞれ自分の行き先を守りました。

 

 

朱に交わっても、赤くはならなかったのです。

 

違いは、

DNAのしまわれ方にも表れていました。

 

細胞はDNAを、

すぐ使う部分はほどけぎみに、

使わない部分は巻き込んだまま保存しています。

 

 

調べてみると、

幹細胞から育て始めてわずか2日目で、

前側の種と後ろ側の種では、

 

ほどけて使いやすいようにしている部分が

違っていることがわかりました。

 

 

全ての細胞は同じ遺伝子を持っていますが、

活発になる遺伝子の違いが細胞の個性になり、

皮膚細胞になったり神経細胞になったりと、

細胞の種類も別物になります。

 

 

神経細胞が完成するまでには

数週間から数カ月かかるのに、

脳の前側と後ろ側の細胞の違いだけは

2日で決まっていたことになります。

 

 

これらの結果から研究者たちは、

脳は1つの種が作り分けられた器官ではなく、

 

2つの種から生まれる

「複合器官」だと提唱しています。

 

 

たとえるなら、

1つの生地から焼いたと思っていたフランスパンが、

実は前半分は小麦粉、

後ろ半分は米粉の生地を継ぎ

合わせたものだったようなものです。

 

 

材料の出自が、そもそも違っていたわけです。

 

 

 
「2つの種」は5億年以上受け継がれてきた /
半索動物がウニのような
 
 
 
棘皮動物と兄弟の関係にある点は興味深いでしょう。
 
 
しかし半索動物の持つ脊索動物らしく見える
 
特徴の一部は、
 
新口動物の共通祖先がもともと持っていた
 
「実家の家財」だったと考えられています。
 
 
 
脊索動物はそれを受け継いで発展させ、
 
半索動物もある程度保ち、
 
棘皮動物だけが大きく作り替えたと考えられています。
 
 
つまり変わり者は半索動物ではなく、
 
棘皮動物のほうだということになります。
 
/Credit:川勝康弘
 
 

研究チームはさらに、

ほかの動物にも同じ仕組みがあるかを調べました。

 

 

すると、サル(カニクイザル)やニワトリ、

ゼブラフィッシュの胚でも、

前側の種と後ろ側の種が、

互いに重ならない別々のグループとして現れていました。

 

 

同じ二分は、

ギボシムシの胚にも見られました。

 

 

ギボシムシは、

海底の砂や泥に穴を掘ってすむ、

ミミズのような細長い海の動物です。

 

 

背骨は持ちませんが、

分類上は私たちを含む脊索動物に

比較的近い「半索動物」の仲間です。

 

 

ギボシムシと私たちの共通祖先は、

約5億5000万~6億年前に

生きていたと考えられています。

 

 

そのため研究者たちは、

脳の前側と後ろ側のもとになる

「2種類の種」を作り分ける仕組みが、

その時代にまでさかのぼると考えました。

 

 

研究を率いたカイル・ロー氏は「私たちの研究は、

進化がもともと存在していた2つの神経系を、

空間的に寄せ集めたことを示唆しています。

 

脳を1つの器官として持つほうがおそらく効率的でしょうが、

私たちは脳を2つの別々のパーツとして作るという

原始的なやり方に頼っているのです」と語っています。

 

 

では、

なぜこの遠回りな作り方が残ったのでしょうか。

 

 

ロー氏は推測だと断ったうえで、

複数の元から器官を作れば部品に分かれ、

一方をいじってももう一方には影響しないと説明します。

 

 

進化は、呼吸や空腹を司る後ろ側の

回路を壊す心配をせずに、

前側だけを作り替えることができたというのです。

 

 

その試行錯誤の中から、

記憶や創造性といった高度な働きが

生まれた可能性があると、

ロー氏は考えています。

 

 

また今回の発見は実験室での

脳細胞づくりも大きく前進させると期待されます。

 

 

実はこれまでの研究では、

後脳の神経細胞の中に、

なかなか作れないタイプが残されていました。

 

 

そこで研究チームは、

最初から後ろ側のグループを

出発点にするという戦略をとることにしました。

 

 

結果、そのもくろみは成功し、

後ろ側の種から、

飲み込みなどに関わる後脳の

運動神経の細胞を作ることができました。

 

 

この成果は

、医療にも新しい道を開きます。

 

脊髄性筋萎縮症(SMA)や

筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、

後脳や脊髄の運動神経の細胞が衰え、

飲み込む力や呼吸する力が弱っていきます。

 

 

後脳の神経細胞を実験室で作れるようになったことで、

病気の中で何が起きているのかを、

シャーレの上で直接調べられるようになります。

 

 

また後脳は呼吸や睡眠、

食事といった生命に関わる働きを担っているため、

後脳が関わるほかの命に関わる

病気の研究にも役立つと期待されています。

 

 

研究チームは次に、

脊髄の生まれ方をさらに詳しく突き止めるとともに、

SMAやALSが後脳の神経細胞をどのように

壊していくのかを明らかにしたいとしています。