2023/9/25

一生おなじ神経細胞は「壊れるまえに自分で作り替え」ていた

 

一生おなじ神経細胞は「壊れるまえに自分で作り替え」ていた

 
 
 
 

一生おなじ神経細胞は

「壊れるまえに自分で作り替え」ていた…!

 

「できないと、どうなるか」実験したら、

脳疾患の症状と驚くほど一致していた

 
 

9月21日は、

「世界アルツハイマーデー」です。

毎年、「国際アルツハイマー病協会(ADI)は、

世界保健機関(WHO)と共同で、

患者とその家族に援助と希望をもたらす事を目的に、

さまざまな啓蒙活動を行っています。

 

※ 厚生労働省によるアルツハイマーデーの解説

 

さて、

細胞が自己の成分を自食・分解するシステムを

「オートファジー」といいますが、

じつは、

このシステムが疾患から私たちを

守っているのではないか、

ということがわかってきました。

 

そして、

そうした疾患のひとつに、

このアルツハイマーも

含まれているのではないか、

と考えられてきているのです。

 

今回は、

アルツハイマーなど、

タンパク質の異常な蓄積が原因となる疾患と、

それに対抗するオートファジーの

役割について見てみたいと思います。

 

解説は、

オートファジー研究の第一人者で、

『生命を守るしくみ オートファジー』

の著者でもあるある吉森 保さんです。

 

【書影】生命を守るしくみ オートファジー
 
 
 
 

*本記事は吉森 保 著

『生命を守るしくみ オートファジー』

 

 

 

「作り替え」がないと

維持できない器官や組織

 
 

細胞は、

中の成分を分解して同じものを

つくり直すことで、

新しい健康な状態に保たれている、

ということを以前の記事

 

 

〈細胞は壊れる前に、

自分で中身を作り替えていた!なぜ?〉

でご紹介した。

 

 

その分解を担っているのが、

オートファジーである。

 

 

中身のつくり替えがうまくいかないと、

細胞機能に支障が出て、

細胞死や疾患を引き起こしてしまう。

 

しかし、

私たちの体を構成している細胞は、

生まれてからずっと同じ細胞というわけではない。

 

細胞には寿命があり、

古い細胞は死に、

新しい細胞に入れ替わっている。

 

胃や腸の表面の上皮細胞は1日程度、

血液中の赤血球は約4ヵ月、

骨の細胞は約10年と、

細胞の種類によって寿命はさまざまだ

 

たとえ細胞の中身のつくり替えが

うまくいかなくても、

新しい細胞に入れ替わっていけば

何とかなるともいえる。

 

 

一方で、

ほとんど入れ替わらず、

生まれてからずっと

使い続けなければいけない細胞もある。

 

脳の神経細胞や心臓の心筋細胞だ。

 

神経細胞や心筋細胞にとっては、

中身のつくり替えがきちんと行われることが、

ほかの種類の細胞の場合より重要になってくるだろう。

 

 

【写真】脊髄の神経細胞の細胞体
 
 
神経細胞は生まれてからずっと
使い続けなければならない。
写真は脊髄の神経細胞の細胞体 
photo by gettyimages
 
 
 
 

もしオートファジーによる分解が滞ると、

古いものや壊れたものがどんどんたまっていき、

やがて細胞は死んでまう。

 

しかも新しい細胞に入れ替わることなく

脱落したままになるため、

組織や器官の機能にも支障が出る。

 

実際、

神経細胞が死んで脳機能が低下してしまう

疾患がいくつもあり、

まとめて神経変性疾患と呼ばれている。

 

神経変性疾患では、

細胞内にタンパク質の塊が蓄積することが

共通する特徴として見られ、

オートファジーによる分解が

滞っていることが推測される。

 

神経細胞におけるオートファジーの

重要性を示す実験結果は、

いくつも報告されている。

 

その中で私が特に重要だと思うのは、

順天堂大学の小松雅明さんのグループと、

かつて大隅研チーム哺乳類のメンバーであった

東京大学の水島昇さんのグループによるものだ。

 

 

 

神経細胞でオートファジーが

起こらないとどうなるか

 

2つのグループは、

脳の神経細胞でのみオートファジーが

起こらないマウスをつくって解析した。

 

全身でオートファジーが起きないマウスは、

へその緒を経由した栄養補給から

母乳に切り替わるときの

飢餓を生き延びられないことを、

これも以前の記事になるが

 

〈あなたの生命を支える機能

「オートファジー」細胞自らが栄養を供給!〉で紹介した。

 
 

オートファジーが起きないのが

脳の神経細胞のみの場合、

マウスは出生後すぐに死ぬことはないが、

生後1ヵ月ごろから歩行がふらつくなどの

運動障害が見られるようになる。

 

脳を調べると、

神経細胞にユビキチン化された

タンパク質が蓄積しており、

細胞が死んで脱落している所もあった。

 

ユビキチンは、

立体構造が正しくないタンパク質や

損傷したリソソームなど、

分解されるものに付けられる目印である。

 

ユビキチン化されたタンパク質が

蓄積しているということは、

分解されるべきタンパク質が

残っていることを意味する。

 

 

【写真】ユビキチンの構造模型図
 
ユビキチンの構造模型図 
photo by gettyimages
 
 

細胞におけるタンパク質の分解は、

オートファジーだけでなく、

プロテアソームというタンパク質複合体

によっても行われる。

 

プロテアソームは、

ユビキチン化された不要なタンパク質を

選択的に分解する。

 

しかし、

このマウスはプロテアソームの働きは正常である。

 

にもかかわらず、

マウスの神経細胞には、

ユビキチン化されたタンパク質が

蓄積している。

 

こうした結果から、

脳の神経細胞におけるタンパク質の分解には

オートファジーが重要であることがわかった。

 

しかも、

この実験で使ったマウスには、

細胞に蓄積しやすい異常なタンパク質が

つくられるような遺伝子変異はない。

 

つまり、

遺伝子変異など特別な原因がなくても、

オートファジーの働きが低下しただけで

神経変性疾患になるということだ。

 

これは、

オートファジーは本来、

疾患に対抗する防御機構として

働いていることを示す大きな発見である。

 

 

 
細胞毒性を持つ
 
 

タンパク質には、

凝集して塊をつくりやすいものがある。

 

凝集性タンパク質は細胞毒性を持つため、

それが蓄積すると細胞の機能が低下して

疾患の原因となる。例えば、

α1‒アンチトリプシンは肝臓細胞がつくり

血液に分泌するタンパク質だが、

これにZ変異という変異が起こると凝集しやすくなる。

 

このATZと呼ばれる変異タンパク質の

凝集塊が肝臓の細胞に蓄積すると、

肝変性を引き起こす。

 

私たちは、

オートファジーがATZを選択的に

分解していることを明らかにした。

 

しかも凝集したATZの蓄積によって

肝変性を起こすようにしたマウスで

オートファジーの働きを活発にすると、

細胞中のATZの量が減り、

症状が軽減することをアメリカのグループが報告した。

 

オートファジーは、

凝集性タンパク質を選んで分解することで、

それが引き起こす疾患の防御機構として

働いていると考えられる。

 

タンパク質の分解にはプロテアソームも働いているが、

凝集したタンパク質の場合、

立体構造を解いてひも状にして

1個ずつ分解するプロテアソームより、

丸ごと包み込んで分解できる

オートファジーの方が効率がよいのだろう。

 

自分の意思とは関係なく

体が勝手に動いてしまう不随意運動や、

認知症などの症状を示す神経変性疾患の

ハンチントン病では、

アミノ酸の一種であるグルタミンが

長く連なったポリグルタミン鎖を含むタンパク質が

神経細胞に蓄積している。

 

この異常なタンパク質も凝集しやすい。

 

 
 
 
 
 
 

凝集しやすいタンパク質を

選択的に分解していた!

 

私たちは、

オートファジーがポリグルタミン鎖を含む

タンパク質も選択的に分解している

ことを明らかにした。

 

しかもオートファジーによる分解は、

タンパク質が凝集する前から始まっていた。

 

これは、通説を覆す発見である。

 

オートファジーは、

凝集しやすいタンパク質を塊が

形成される前に見つけて分解することで、

細胞に障害を与えるのを

未然に防いでいるのかもしれない。

 

凝集する前にオートファジーが

誘導されるメカニズムを探っている。

 

凝集しやすいタンパク質を

オートファジーが選択的に分解しているという報告は、

私たちの研究以外からも出ている。

 

アルツハイマー病では7、

アミロイドβペプチドというタンパク質の断片や

タウというタンパク質が神経細胞に蓄積する。

 

それに伴って細胞死が起きて、

認知能力が徐々に低下し、

進行すると運動機能にも障害が出る。

 

 

【写真】老人斑
 
凝集したアミロイドβの脳への沈着(色の濃い部分)。
老人斑と呼ばれる photo by gettyimages
 
 
 

アミロイドβペプチドもタウも、

凝集をつくりやすいタンパク質である。

 

アルツハイマー病を発症するように

遺伝子を改変したマウスでオートファジーの

働きを活発にすると、

発症が抑えられたという。

 

これは、

オートファジーが凝集したアミロイドβペプチドや

タウを選択的に分解することたで、

アルツハイマー病の発症を防いでいる可能性を示すものだ。

 

 

損傷ミトコンドリアを除去して

パーキンソン病を防ぐ

 

神経変性疾患の中には、

オートファジーで働く遺伝子の変異が

発症に関わっているとわかっているものがある。

 

その1つが、パーキンソン病である。

 

パーキンソン病は、

脳にあるドーパミンという神経伝達物質を

つくる神経細胞が死んでしまう疾患で、

体がうまく動かない、

自分の意思とは関係なく手足が震える、

といった運動障害が起きる。

 

兄弟姉妹や親子など血縁者に発症者がいる家族性と、

それ以外の孤発性に分けられている。

 

遺伝学の発展により、

患者の遺伝子を網羅的に調べることで、

どの遺伝子の変異がその疾患の発症に

関わっているかがわかるようになってきた。

 

 

遺伝性がある方が突き止めやすいことから、

家族性パーキンソン病の発症に関わっている

遺伝子の探索が行われた。

 

その結果、

順天堂大学の服部信孝さんたちが

1998年、世界に先駆けて家族性パーキンソン病の

責任遺伝子を発見し、

パーキン(PRKN*)と名付けた。

 

発見時にはPRKNがどのような

機能を持っているか

わからなかったのだが、

2004年に家族性パーキンソン病の

責任遺伝子として発見されたPINK1と共に

オートファジーで働くことが、

後に明らかになっている。

 

 

【図】真核生物の細胞(ミトコンドリア)と、PRKNの作用
 
真核生物の細胞の模式図(上)と、
PRKNとPINK1による損傷ミトコンドリア除去のしくみ
 
 
 

損傷したミトコンドリアがオートファジーによって

選択的に除去されていることを、

前に述べた。

 

PRKNとPINK1がコードするタンパク質は、

損傷ミトコンドリアに分解の目印である

ユビキチンを付ける働きを担っていた。

 

PRKNあるいはPINK1に変異があると、

ユビキチンが正しく付かない。

 

すると、

損傷ミトコンドリアが除去されずに

細胞内に蓄積していく。

 

ミトコンドリアは、

細胞の活動に必要なエネルギーをつくる

オルガネラ(細胞小器官)である。

 

損傷すると、

エネルギーをつくるときに発生する

毒性のある活性酸素が漏れ出し、

細胞を傷付ける。

 

損傷ミトコンドリアが蓄積することで

細胞の機能が低下し、

パーキンソン病を引き起こすという

発症メカニズムがわかってきた。

 

オートファジーは、

損傷したミトコンドリアを除去することで、

パーキンソン病の発症を防いでいると考えられる。

 

 

遺伝子疾患と責任遺伝子

 
 

PRKN*は誰でも持っている遺伝子で、

この遺伝子を持っているからといって

パーキンソン病になるわけではないことには、

注意が必要である。

 

パーキンソン病になるのは、

変異が起きたPRKNを持っている場合だ。

 

パーキンソン病におけるPRKNのように、

変異が起きると特定の疾患を引き起こす遺伝子を、

その疾患の「責任遺伝子

あるいは「原因遺伝子」と呼ぶ。

 

 

「がん遺伝子」という言葉があるが、

よい言い方ではないと思っている。

 

がん遺伝子というと、

がんを発症させる遺伝子があるように思えるが、

そうではない。

 

誰でも持っている遺伝子で、

その遺伝子に変異が起きると、

がんを発症する。がん遺伝子と呼んでいるのは、

変異を起こした遺伝子である。

 

専門的には、

変異が起きていないもとの遺伝子を

「がん原遺伝子」と呼んで区別している。

 

一般向けには、

「がんの責任遺伝子」という言い方が適切だろう。

 

「遺伝子疾患」も誤解されていることが多い。

 

遺伝子疾患とは、

遺伝子の変異が原因で発症する疾患の総称である。

 

遺伝という言葉のためか、

遺伝子疾患はすべて親から子へ

遺伝すると思われがちだが、

遺伝しないものもある。

 

 

 

<参考:生命科学者吉森 保

 

 

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