神経細胞でオートファジーが
起こらないとどうなるか
2つのグループは、
脳の神経細胞でのみオートファジーが
起こらないマウスをつくって解析した。
全身でオートファジーが起きないマウスは、
へその緒を経由した栄養補給から
母乳に切り替わるときの
飢餓を生き延びられないことを、
これも以前の記事になるが
〈あなたの生命を支える機能
「オートファジー」細胞自らが栄養を供給!〉で紹介した。
オートファジーが起きないのが
脳の神経細胞のみの場合、
マウスは出生後すぐに死ぬことはないが、
生後1ヵ月ごろから歩行がふらつくなどの
運動障害が見られるようになる。
脳を調べると、
神経細胞にユビキチン化された
タンパク質が蓄積しており、
細胞が死んで脱落している所もあった。
ユビキチンは、
立体構造が正しくないタンパク質や
損傷したリソソームなど、
分解されるものに付けられる目印である。
ユビキチン化されたタンパク質が
蓄積しているということは、
分解されるべきタンパク質が
残っていることを意味する。
ユビキチンの構造模型図
photo by gettyimages
細胞におけるタンパク質の分解は、
オートファジーだけでなく、
プロテアソームというタンパク質複合体
によっても行われる。
プロテアソームは、
ユビキチン化された不要なタンパク質を
選択的に分解する。
しかし、
このマウスはプロテアソームの働きは正常である。
にもかかわらず、
マウスの神経細胞には、
ユビキチン化されたタンパク質が
蓄積している。
こうした結果から、
脳の神経細胞におけるタンパク質の分解には
オートファジーが重要であることがわかった。
しかも、
この実験で使ったマウスには、
細胞に蓄積しやすい異常なタンパク質が
つくられるような遺伝子変異はない。
つまり、
遺伝子変異など特別な原因がなくても、
オートファジーの働きが低下しただけで
神経変性疾患になるということだ。
これは、
オートファジーは本来、
疾患に対抗する防御機構として
働いていることを示す大きな発見である。
タンパク質には、
凝集して塊をつくりやすいものがある。
凝集性タンパク質は細胞毒性を持つため、
それが蓄積すると細胞の機能が低下して
疾患の原因となる。例えば、
α1‒アンチトリプシンは肝臓細胞がつくり
血液に分泌するタンパク質だが、
これにZ変異という変異が起こると凝集しやすくなる。
このATZと呼ばれる変異タンパク質の
凝集塊が肝臓の細胞に蓄積すると、
肝変性を引き起こす。
私たちは、
オートファジーがATZを選択的に
分解していることを明らかにした。
しかも凝集したATZの蓄積によって
肝変性を起こすようにしたマウスで
オートファジーの働きを活発にすると、
細胞中のATZの量が減り、
症状が軽減することをアメリカのグループが報告した。
オートファジーは、
凝集性タンパク質を選んで分解することで、
それが引き起こす疾患の防御機構として
働いていると考えられる。
タンパク質の分解にはプロテアソームも働いているが、
凝集したタンパク質の場合、
立体構造を解いてひも状にして
1個ずつ分解するプロテアソームより、
丸ごと包み込んで分解できる
オートファジーの方が効率がよいのだろう。
自分の意思とは関係なく
体が勝手に動いてしまう不随意運動や、
認知症などの症状を示す神経変性疾患の
ハンチントン病では、
アミノ酸の一種であるグルタミンが
長く連なったポリグルタミン鎖を含むタンパク質が
神経細胞に蓄積している。
この異常なタンパク質も凝集しやすい。
凝集しやすいタンパク質を
選択的に分解していた!
私たちは、
オートファジーがポリグルタミン鎖を含む
タンパク質も選択的に分解している
ことを明らかにした。
しかもオートファジーによる分解は、
タンパク質が凝集する前から始まっていた。
これは、通説を覆す発見である。
オートファジーは、
凝集しやすいタンパク質を塊が
形成される前に見つけて分解することで、
細胞に障害を与えるのを
未然に防いでいるのかもしれない。
凝集する前にオートファジーが
誘導されるメカニズムを探っている。
凝集しやすいタンパク質を
オートファジーが選択的に分解しているという報告は、
私たちの研究以外からも出ている。
アルツハイマー病では7、
アミロイドβペプチドというタンパク質の断片や
タウというタンパク質が神経細胞に蓄積する。
それに伴って細胞死が起きて、
認知能力が徐々に低下し、
進行すると運動機能にも障害が出る。
凝集したアミロイドβの脳への沈着(色の濃い部分)。
老人斑と呼ばれる photo by gettyimages
アミロイドβペプチドもタウも、
凝集をつくりやすいタンパク質である。
アルツハイマー病を発症するように
遺伝子を改変したマウスでオートファジーの
働きを活発にすると、
発症が抑えられたという。
これは、
オートファジーが凝集したアミロイドβペプチドや
タウを選択的に分解することたで、
アルツハイマー病の発症を防いでいる可能性を示すものだ。
損傷ミトコンドリアを除去して
パーキンソン病を防ぐ
神経変性疾患の中には、
オートファジーで働く遺伝子の変異が
発症に関わっているとわかっているものがある。
その1つが、パーキンソン病である。
パーキンソン病は、
脳にあるドーパミンという神経伝達物質を
つくる神経細胞が死んでしまう疾患で、
体がうまく動かない、
自分の意思とは関係なく手足が震える、
といった運動障害が起きる。
兄弟姉妹や親子など血縁者に発症者がいる家族性と、
それ以外の孤発性に分けられている。
遺伝学の発展により、
患者の遺伝子を網羅的に調べることで、
どの遺伝子の変異がその疾患の発症に
関わっているかがわかるようになってきた。
遺伝性がある方が突き止めやすいことから、
家族性パーキンソン病の発症に関わっている
遺伝子の探索が行われた。
その結果、
順天堂大学の服部信孝さんたちが
1998年、世界に先駆けて家族性パーキンソン病の
責任遺伝子を発見し、
パーキン(PRKN*)と名付けた。
発見時にはPRKNがどのような
機能を持っているか
わからなかったのだが、
2004年に家族性パーキンソン病の
責任遺伝子として発見されたPINK1と共に
オートファジーで働くことが、
後に明らかになっている。
真核生物の細胞の模式図(上)と、
PRKNとPINK1による損傷ミトコンドリア除去のしくみ
損傷したミトコンドリアがオートファジーによって
選択的に除去されていることを、
前に述べた。
PRKNとPINK1がコードするタンパク質は、
損傷ミトコンドリアに分解の目印である
ユビキチンを付ける働きを担っていた。
PRKNあるいはPINK1に変異があると、
ユビキチンが正しく付かない。
すると、
損傷ミトコンドリアが除去されずに
細胞内に蓄積していく。
ミトコンドリアは、
細胞の活動に必要なエネルギーをつくる
オルガネラ(細胞小器官)である。
損傷すると、
エネルギーをつくるときに発生する
毒性のある活性酸素が漏れ出し、
細胞を傷付ける。
損傷ミトコンドリアが蓄積することで
細胞の機能が低下し、
パーキンソン病を引き起こすという
発症メカニズムがわかってきた。
オートファジーは、
損傷したミトコンドリアを除去することで、
パーキンソン病の発症を防いでいると考えられる。
遺伝子疾患と責任遺伝子
PRKN*は誰でも持っている遺伝子で、
この遺伝子を持っているからといって
パーキンソン病になるわけではないことには、
注意が必要である。
パーキンソン病になるのは、
変異が起きたPRKNを持っている場合だ。
パーキンソン病におけるPRKNのように、
変異が起きると特定の疾患を引き起こす遺伝子を、
その疾患の「責任遺伝子」
あるいは「原因遺伝子」と呼ぶ。
「がん遺伝子」という言葉があるが、
よい言い方ではないと思っている。
がん遺伝子というと、
がんを発症させる遺伝子があるように思えるが、
そうではない。
誰でも持っている遺伝子で、
その遺伝子に変異が起きると、
がんを発症する。がん遺伝子と呼んでいるのは、
変異を起こした遺伝子である。
専門的には、
変異が起きていないもとの遺伝子を
「がん原遺伝子」と呼んで区別している。
一般向けには、
「がんの責任遺伝子」という言い方が適切だろう。
「遺伝子疾患」も誤解されていることが多い。
遺伝子疾患とは、
遺伝子の変異が原因で発症する疾患の総称である。
遺伝という言葉のためか、
遺伝子疾患はすべて親から子へ
遺伝すると思われがちだが、
遺伝しないものもある。
<参考:生命科学者吉森 保>
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